2026-04-03#短編小説

春の文鳥

ひとつのできごとをきっかけに、自分のなかの核のようなものが揺さぶられる。その後は、どう生きるかといった根本のところで、自覚的な変化が起きる。こうしたことは、生きているうちにそう何度も起きるものではない。しかし誰にでも、望もうと望まなくとも、何度かは訪れるものかもしれない。「あのことがあったから、今がある」といったように、因果を語ることもできるかもしれない。

一方、あるひとつのできごとが、そっくりそのまま、心の水面下に保存されていることがある。気づかぬうちに自分の行動の多くが、そのできごとに影響されている。そして、おおむねその事実は意識されることがない。たとえ意識されたとしても、その影響がどういうものか、理解することは難しい。わかることと言えば、ただそのできごとが気になってしまうことくらいだ。

彼女が僕にしてくれた話は、彼女にとって生き方そのものが変わるような、大きなできごとだったろう。そして僕にとって、胸を打つ話だった。しかし、その話がどのような意味を持つのか、理解することは難しかった。正直なところ、今でもよくわかっていない。ただ彼女の話は、長い時間をかけて僕のなかに沈みこんでいった。そしていつしか、消えない存在になっていた。

僕はその話について、ただ書いてみようと思う。

ある春の朝、彼女は僕に文鳥の話をしてくれた。

「その日もまた、朝になっても布団のなかで目をつむったままでいたの。もう何日もまともに眠れてなくて、頭がぼんやりしていた。そうしていると、言葉がぐるぐるとめぐりはじめるのね。夢に近いような感じなんだけれど、眠れているわけじゃないの。眠りの手前までいくのに、そのたびに言葉の渦にからめとられる。そして、最後には固い地面に跳ねかえされるみたいに、目が覚めてしまうの。

病院で薬をもらったりもしてみた。でも、今度は無理に眠らされているみたいで、やめてしまったの。とくに目覚めに近づいているときが最悪だった。目を開けたいのに開かなくて、誰かに肩を押さえつけられるみたいに、また眠りに沈んでいくの。水面が目の前まで来ているのに、息をさせてもらえないのよ。

そうやって薬をやめるとね、また頭の中で言葉が止まらなくなるの。止めようとしても、どんどん膨らんでいく。そしてまた、目覚めたまま夢がやってくるの。眠ろうとしているときにこれがくると、けっこう辛いものよ。そうして苦しんでいると、もともとこうなったきっかけも、言葉に関係していたんだって思い出すの。

その頃の私は、通訳の仕事をしていたの。新しい会社に移ってしばらくしたとき。あなたと出会う少し前のことね。小さい頃から外国語が好きだったから、コツコツと磨いてきた語学の力で、仕事に就くことができて嬉しかった。父の影響で異国の文学に触れる機会もあったから、外の世界と言語でつながれることも嬉しかったのよ。

昔はね、とくにお芝居が好きだったの。役者が発する生きた言葉に、身を浸すのが好きだった。父がたまに、劇場に連れていってくれてね。家に帰ってからも、舞台の台詞を口にしてた。意味なんてわからないのに「言葉、言葉、言葉」って、わざとらしくつぶやいてみたり。ヒロインのまねをして「わたしはカモメ」、なんて言ってみたり。いま思うと、ずいぶん変な子どもだったわね。

通訳の仕事は、前の職場でも楽しくやれていたわ。でも、どこか新しい場所で、自分の力を試してみたいと思うようになった。それで、旅行関連の小さな通訳会社から、ビジネス会議の通訳を専門にしている、外資系の会社に移ったの。

そこは前の職場とはずいぶん違っていた。同僚と雑談するような空気はなくて、それぞれが自分の仕事に集中している。雰囲気は少し冷たいくらいだったけれど、そのぶん通訳そのものに向き合えるし、実力に応じて報酬も変わる。そういうところに、私は惹かれていたのよ。ちょうどその頃は、世の中では外出が制限されてたから、自宅のマンションから働けることも都合がよかった。

はじめのうちは、やっぱり大変だったわ。ビジネスの会話は専門的で、ニュアンスをつかみにくいことも多い。ほんの少し聞き逃しただけで、全体の流れが崩れてしまう。通訳という仕事は前と変わらないのに、求められる精度がまるで違う。でも、その難しさの分だけ、うまく訳せたときの手応えがあったの。言葉がぴたりとはまる瞬間があった。ああ、いまちゃんと芯で捉えられたってわかるのよ。

そうして数をこなすうちに、仕事には慣れていった。そして、だんだんとのめりこんでいったの。もっと難しい案件をやってみたい。もっと正確に、速く訳せるようになりたい。そう思うようになっていた。お客さんも少しずつ増えていって、大きな企業の重役が出てくるような場にも、呼ばれるようになっていたわ。プレッシャーはあったけれど、乗りこえていく楽しさがあった。自分の力を発揮できている感覚があった。ああ、ちゃんと生きているなって思えたの。

振り返ってみて思うのは、そうやって自分の良い状態を保てるように、自分自身をコントロールできていればよかった、ということなの。ときどき、歯止めがきかなくなってるなって思うことはあった。でも、のめりこんでいるときって、なかなか止まれないじゃない。そのうちに成績が上がっていくのが嬉しくなって、引き受ける仕事もどんどん増えていった。こなせるか不安に思うこともあったけれど、期待に応えたくて、なんとかやり切ってしまっていたの。

でも、体力の問題だけだったなら、まだよかったのかもしれない。無理が重なっていたさなかで、あのことが起きてしまったの。

私は仕事をするうえで、準備をかなり大事にしていた。通訳って、言葉の細かいところまで神経を使う仕事でしょう。それに、その場のスピードもすごく大事なのよ。だから、できるだけクライアントの言葉遣いやニュアンスに近づけるように、事前にその人の話している声を、何度も聞くようにしていたのね。録音があれば送ってもらったり、講演を聞いてみたり。

何時間もひとりの声を追っているとね、その人の言葉の体つきみたいなものが、だんだんとわかってくるの。言葉の選び方はもちろん、語調や間の取り方なんかに、自分を重ねられるようになる。お芝居の台詞を真似ているうちに、人物そのものに近づいていく、そういった感覚に近いの。うまく言えないんだけど、対象に憑依しているような、そんな感覚。

こうした準備がきちんとできていると、いい通訳につながった。実際、通訳が終わると、感謝されることが多かったわ。クライアントは訳された言語はわからなくても、きちんと伝わった感触を持ってくれた。そうやって経験を重ねてきたなかで、その男の案件にめぐりあったわけ。

その男が代表をしている会社は、世界中に何万人も社員がいる、大きな企業だった。私がいた通訳会社にとっては、大口のお客さんだった。だから、会社としても絶対に落とせない案件で、品質については、いつも以上に気を配っていたのよ。

それで、男の声を録音で初めて聞いたときなんだけどね。「これは何なんだろう」って思ったの。うまく言えないんだけど、どこか、引っかかるの。

たしかに声色はきれいだし、落ち着いていて、語り口も滑らかだった。話していることの意味は、はっきりと取れるの。むしろ、明確にすぎるくらい理詰めなの。それでも何というか、その言葉の中に、その人がいないのよ。けっきょく私はどれだけ準備をしても、その人のことをつかめなかった。

当日になって会議が始まると、相手方の代表が数字の報告をしていたわ。経営がうまくいっていないみたいだった。会社の生死がかかっているなか、男との約束を守れてなかったのね。相手にも事情はあっただろうけど、男の指摘は正しかった。整然としていて、無駄がない。言葉づかいも丁寧そのものなの。

ただ、会話の運び方がなんというか、特殊だったの。冷たいっていう表現がいいのかわからない。相手を追い詰める言葉を、淡々と積み上げていくの。発言のひとつひとつが、逃げ場をふさいでいく。そして、相手を破滅させるような内容を、丁寧な言葉にくるんで、ためらいもなく打ち込んでいく。

私はその声を訳しながらながら、ずっと動揺していた。男のことが読めなかったし、相手を傷つける言葉を、私の声で言わなければならなかったから。何度か止めなきゃと思ったの。でも、プロとして、その場をやりきらなければとも思った。大事なお客さんであることも頭をよぎった。そうしているあいだにも、私の口は、相手を刺す言葉を言い続けていた。

そして終わりの方になって、ようやくわかったの。なんのことはない。この男は相手を壊すための、最善の一手を打ちつづけているだけだって。そして私のことも、同じように壊そうとしているって。そう気づいていながらも、私は止まることができなかった。研ぎ澄ました刃で、相手のことを何度も刺しつづけた。私は憑依するどころか、その男に乗っ取られてしまっていた

いつの間にか、会議は終わっていた。男の会社の人たちは、すでに退室していた。相手の代表は、画面の向こうで、呆然としていた。私は気を失って、椅子からすべり落ちてしまった。

会社は長く休むことになったわ。そのことについては、誰からも何も言われなかった。私の担当が別の人に引き継がれただけで、何事もなかったみたいに仕事は回っていた。あの相手方の社長さんがどうなったのかもわからない。無事でいてほしいと願いながら、私が口にしてしまった言葉が、何度も頭に浮かんできた。言葉が止まらず、眠れなくなっていた。

そうやって私ははじめに話したように、辛い日々に落ち込んでいったの。自分の力だけではどうしようもなかった。でも、友だちとは疎遠になっていたし、頼れる家族もいなかった。そこから這い出すには、偶然のようなものを待つしかなかったんだと思う。私はひとりぼっちで耐えていた。そして今日みたいな暖かな日に、その出会いがあったの。

もう長いこと部屋を閉めきっていたから、その日は気分を変えたくて、窓を開けてみたのね。そうしたら外から風が、ぶわっと入ってきた。そして机の上のプリントが、ぱらぱらと揺れて、床に落ちたの。仕事で準備していた山のような書類ね。もう見る必要もないんだって思いながら、紙が舞うのを眺めてた。

それからふと机に目を戻すと、奥に隠れていた本が見えたの。昔、父と見にいった舞台の戯曲だった。何度も読んでいたから、背表紙を見るだけで台詞が浮かんできた。古い記憶も戻ってきてね。幼い私がそこにいて、得意げにしゃべっている。おかしくって、くすっと、笑ってしまったわ。

そのとき、また窓から風が入ってきた。その風は暖かかった。ああ、もう春なんだなと思った。すると「チュン、チュン」って、窓の方から声がしたの。ばたばたっと羽音がつづいた。窓辺に小さな鳥がいて、こちらを見ていた。白い文鳥だった。私たちはしばらく見つめあっていた。

どこかから迷い込んだのかもしれないと思って、窓は開けたままにしておいた。でも、その文鳥は飛んでいかなかったの。それで私は飼い主が見つかるまで、その文鳥を保護することにしたの。少しずつだけど、懐いてくれてね。ちょんと手のひらに乗って、甘噛みしてくれたり。うすい桃色のくちばしが、可愛らしかった。

そうやって日々を送っていると、また頭に言葉がたくさん浮かんできたの。でも、それはこれまでとは違ってた。無限に膨んでしまったり、渦のようなものではなくって、小鳥の周りをやさしく漂っている言葉だった。わたしはその言葉たちがどういうものか、気になっていった。

それでふと、文鳥のことを書いてみようと思った。誰かに見せるわけでもなく、ただ書いてみたくなったの。それで、いろんな角度から、何度もなぞるように、言葉を重ねていった。構成や論理なんて意識しなかった。ぐちゃぐちゃなものだったけれど、何日もかけて、ただ言葉を重ねていった。

書いたものを読み返したとき、涙があふれてきた。下手な文章だったけれど、それでも目の前の文鳥と、それを見ている自分とが、そこに立ち上がっているのを感じたの。なんというか自分の心が、組み変わっているような気がした。そしてまた、ふっと笑うことができたの。

こうやってあなたに話してみて思うのは、ひょっとしたら文鳥は私に、言葉を形にする私なりの方法を、教えてくれたのかもしれないってこと。そしてそのことにいまも、喜びを感じているってことよ」



夏木 絃

関連記事

note で小説を公開しています。

よろしければフォローお願いします。

noteを読む

X で更新情報を発信しています。

よろしければフォローお願いします。

Xを読む