通り道
私鉄に乗り継いでしばらくすると、景色は下町の色を帯びてくる。夏の日差しを受けながら、電車はゆっくりと進む。乗客の数はだんだんとまばらになる。伯母の住む街は、都会の流れからこぼれ落ちたような場所にある。駅前はシャッター街で、空き地には雑草が茂っている。
僕は手書きの地図を持ち、かつて商店街だった通りを歩く。通りは先の方で立ち入り禁止になっている。
「東京にでも行ってきたら?伯母さんもいることだし」
母からこう言われたのは梅雨の時期だった。中学を卒業してから数ヶ月、僕はどこにも属していなかった。ほとんどの時間を、自宅で過ごしていた。勉強にはうまく乗れなかった。要領よくこなすことができなかった。それでも、何かに向き合いたかった。
唯一すがることができたのは、”書く”ことだった。書くといっても、文章ではない。僕が惹かれたのは、プログラムを書くことだった。コードを書いていると時間を忘れた。一行目を書くと、そこに何かが通うような気がした。書いているうちに行先が変わることもあった。それが楽しかった。
その家は、気をつけなければ通りすぎてしまうような路地の一角にある。年季の入った、小さな木造家屋。表札は陽に焼けている。鍵は郵便受けに入れておくと、母を通して伝えられていた。僕は鍵を取り出し、鍵穴を回して引き戸を引く。コマの動きが悪いようで、思ったよりも強い力がいる。
家の中は暑さでむっとしている。一階には水回りとテーブルがある。僕は玄関で靴を脱ぎ、奥の階段を上がる。二階には畳の部屋がひとつある。電気をつけ、荷物を置いて座布団に座る。窓は開いているが、風は入ってこない。テーブルにはメモが置いてある。
「ちょっと外に出ています。パソコン、使っていいです。IDとパスワードは下の通り」
癖のある丸字で走り書きされている。
最後に一言、「好きに過ごしてね」と添えられている。
壁にはノートパソコンが立てかけてある。僕は電源を入れ、アルファベットと数字を入力する。画面を開いたそのとき、チャットの通知が右下に出る。
「社長、今どこにいます? 駅のほう、回れます?」
送り主には「ヒガシ」とある。
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