2025-07-27#短編小説

通り道 2

「つまり、こういうことなんすよ」

ヒガシと名乗る青年はシャツの袖をまくりながら言う。

「注文が詰まっちゃってて、ラチがあかないんす」

「詰まるって、どういう・・・」

僕の言葉を待たずに、彼はすばやくパソコンを開く。ログのような文字が流れ、ある箇所で止まっている。

「これ、うちのシステムなんすけど、途中からバグってて」

「それを、僕に直してほしいと?」

彼は軽く笑いながら、椅子に深く掛けなおす。そして店員の方へ手を挙げる。

「コーヒー、アイスでいいっすか?」

青年と待ち合わせたのは、駅から十分ほど歩いた雑居ビルの一階だった。

厚い扉の奥には、無機質な空間が広がっている。コンクリート壁の、窓のない喫茶店。ピアノの旋律が同じフレーズを繰り返している。

「俺、あの人・・伯母さんに拾われたみたいなもんで」

運ばれてきたアイスコーヒーには縁まで氷が入っている。

「まあ、日頃の恩ってやつっすよ。こういうときくらいは」

「どのあたりに不具合があるんですか?」と僕は聞く。

「おかしいのはわかるんすけど、俺じゃ無理で」

青年は、運ばれてきたグラスをこちらに寄せる。

「あの人に言われたんすよ。甥っ子さん、そういうの得意だって」

僕は首をすくめ、視線を落とす。グラスを手にしたが、冷えた感じがしない。

「でも、書けるんすよね?」

「触ってはいます。でもこういう、大事なものは」

「俺らが良いんだから、問題ないんじゃないっすか」

青年は食い入るように言ったあと、少しだけ表情を緩める。

「すみません。こういうお願い、迷惑ですよね。せっかく東京まで来たんだし」

彼は笑いながらも画面をこちらに向けたままにしている。

「嫌ってわけじゃないです。ただ」

「ただ?」

「他人のコードを触るのは、呼吸を合わせるのに時間がかかるというか。勝手がちがうと、うまく動かなくなるんです」

「なるほど。職人っぽいっすね」と彼は少し顔を引きながら言う。

「そんな大それたものじゃなくて」と僕は訂正する。

「俺、そういうの好きですよ。そういう”間(ま)”でやってる人」

彼の言葉に、僕は口をつぐむ。

店の音楽が止み、かすかに空調の音がする。グラスの氷がひとつ、小さく音を立てて沈む。

青年の目は、こちらを見据えている。



夏木 絃

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